「カシオペア」という名の曲

僕が幼少の頃、おそらく小学3〜4年生の頃だったんじゃないかと思うが、「クイズ地球まるかじり」という番組があった。この番組に限らず、当時のクイズ番組の回答者席は今のように「電子化」あるいは「電化」されておらず、回答は「フリップ」と呼ばれる板にペンで書き、スタンドに立てて示すのが主流だった。出題VTRが流れた後、司会者が「ではお書き下さい、どうぞ!」などとコールすると、「シンキング・タイム」などと呼ばれる時間が(放送上は)5〜10秒ほどあって、その間に回答をフリップに書くわけだ。その「考える時間」には、効果音的な感じで、ちょっとしたBGMが流れるのが常だった。この番組でも御多分に洩れず、そういう流れだった。

ある日、実兄(特徴:9歳上)の部屋に遊びにいったところ、「おい、これ聴いてみぃ、あの番組のアレや」とカセットテープ(!!)をかけてくれた。そこから流れた音楽は、ま・さ・し・く、あの番組の、あの「考える時間」のBGMだった!!

手の届かない遠い世界と思っていたTVの、アレが、今、目の前で流れている! ……大興奮の僕に向かって、やや得意気に兄はこう続けた:カシオペアって言うんや」と。

僕の脳裏にはずっとそれが記憶されていたらしいが、その記憶は、収納されていただけで、しばらく、表に出てくることはなかった。

中学2年の頃、もうサックスを吹き始めて半年ほど経っていたが、ふとそんなブラスバンドの友人たちと音楽談義、というか世間話をしていた時に、インストゥルメンタルの話になったんだと思う。そして、ふと「あの番組のアレ」を思い出して、僕はその話をしながら、トランペッターの友人に言った:「あの番組の考える時間のBGMは『カシオペア』という曲名で…」

今にして思えばアホらしい間違い……「カシオペア」は曲名ではなくバンド名である……だったわけだが、これがその後の音楽人生を決定づけたのだから、わからないものだ。

その数日後だったと思うが、その友人は「このバンドかな?」と僕に1枚のCDを貸した。T-SQUAREというバンドの "WAVE" というアルバムだった。残念ながら「カシオペア」なる名前の曲は収録されてはいなかった(当たり前だw)が、中学2年生の僕はこのアルバムに完全にノックアウトされたのだった*1。ただでさえ、聴こえて来るサウンドは、それまで出会ったことのないシャープでカラフルなものだった上に、僕がその半年ほど前に吹き始めたアルトサックスが入っていたのである*2。それからというもの、近所のTSUTAYA等のレンタルCD屋に通い詰めては、片っ端からスクエアのアルバムを借りていった。もちろん、インストもののアルバムがそうそう揃っているはずもなく、あちこちのレンタルCD屋を渡り歩いた。どうしても手に入らないアルバムは、なけなしの小遣いをはたいて買った。初めて買ったCDがスクエア(当時はザ・スクエアの "S・P・O・R・T・S"というアルバムだったのはよく覚えている。名曲「宝島」が収録されているアルバムだ。

その後、当時発売されていたスクエアのアルバムをコンプリートしようかという頃には、自然な流れで「カシオペア」という名称が曲ではなくバンド名であることに気付いていて、カシオペアのアルバムも順次入手していくことになる。

そして……高校1年ぐらいだっただろうか。ついに、カシオペア "DOWN UPBEAT" なるアルバムで、あの曲に再会を果たす。曲名は "Road Rhythm" だったのだが*3、この頃には、既に目的はこの曲を探すことではなく、純粋にインストゥルメンタルもの……特にこの手の曲は「フュージョン」と呼ばれる……のファンとして、コレクター的な意味で、入手すること自体、全ての曲を聴き込んでいくこと自体が、目的になっていたのは、容易に想像できるだろう。国内外のジャズ・フュージョンのアルバムを次から次へと(お小遣いの許す範囲で)入手していった。
当時、モーツァルトだか誰だかの何かの数百周年だかなんだかがきっかけだったような気がするが、1,000円くらいのクラシックの安いコンピレーションCDがあちこちで大量にワゴン販売され始めた頃で、それに合わせてジャズ名盤・名演のコンピレーションCDがたくさん投げ売りされていた。これは当時の僕にはありがたかった。ジャズサックスの名演にたくさん出会うことができた。*4

部活はブラバン、吹いている楽器はアルトサックス。スクエアのコピーに走らないわけがない。知り合いの仕事の手伝いで頂戴したお金と貯金をはたいて当時YAMAHAで発売されていたウィンドシンセ "WX11" を購入し、高校2年の文化祭ではコピーバンドもどきもやったものだ*5。大学に進んでもずっとブラバン的な練習の傍ら、ジャズ・フュージョンのコピーや練習をしていた。ムチャぶり大魔王な先輩に焚き付けられて、アドリブで演奏することもできるようになっていった。友人たちとジャズ・ファンクなセッションをしたりしたものだ。そして、それが今に続いているからこそ、時折行われる、上司からのムチャぶりセッションで(半泣きで)何かそれらしいことをごにょごにょ吹いているわけだ。

こうして僕はジャズ・フュージョンバカになった。ひょっとするとあの時、「カシオペア」がバンド名であるという「正しい認識」をしていたなら、サックスが入っているスクエアに出会うことはなかったかもしれないし、従ってCDを集めまくってジャズ・フュージョンにはまることもなく、特技にサックスは入らなかったかもしれない。もしそうなっていたら、間違いなく、僕は今の職場にはいなかっただろう。

本当に、何が人生を決めるかわからないものだ。

*1:今聴いてもこれは傑作アルバムだと思う。

*2:しかも、当時の教本には出てこない謎の高音(笑)も出てくる!当時、この「フラジオ」なんてテクニックが存在するとは想像もしなかったので、「この高音が出るということは、見たことないけどソプラノサックスとかいう楽器ではないか?」などと真剣に考えたものだった(^_^;

*3:この「カシオペア」ならぬ、"Road Rhythm" という曲は、実は今でもTVで聴くことができる。というか、おそらく全国でもかなり多くの方々、少なくとも関西人の全員が知っている!……あの「探偵!ナイトスクープ」の、探偵VTRが終わって映像がスタジオに帰って来る寸前の「チャッチャッチャッ!」っていう効果音みたいなやつがそれである。作曲者の向谷実氏がこの事実を居酒屋で知りびっくりして中継してるYouTube動画があるので、心当たりの向きはぜひ動画を見て「あーっ!アレや!!」と思って頂きたい。さらに、なんと「クイズ地球まるかじり」は探せばYouTubeで見つかる。この動画の14:50から始まる「考える時間」の曲をよく聴くと、この曲 "Road Rhythm" の冒頭のフレーズと、最後のフレーズが切り貼りされていることがわかる。

*4:この流れで、やはり実兄が「サックスの有名なチャーリーパーカーはあだ名がbirdで、そのパーカーにちなんで名付けられた名門ライブハウス "Birdland" のステージに立つ喜びを歌ったのがこれだ」とか何とかウンチクを傾けつつ紹介した "Birdland" という名曲があり、それがThe Manhattan Transferがグラミーを取ったカバー版だったのだが、そうこうしているうちに出会ったのが同曲オリジナルの発表されたWeather Reportの大名盤 "Heavy Weather" で、ここで出会ったJaco Pastoriusの衝撃は今の趣味のベースに結びつく。そしてこの大名盤で蘇った名曲・名演 "Birdland" の記憶はさらにThe Manhattan Transferの大名盤 "Extensions" との再会に結びつく。この曲も僕のルーツの一つだ。

*5:あの時は別々の「バンドやりたいけど人数足らん友達グループ」が寄り集まってできたバンドで、ビートルズ "Back in the U.S.S.R." やユニコーン「働く男」もやった。スクエア曲は確か"Faces"と"Shadow"をやったはずだ。