層積雲まとめ(層積雲:気象と気候をつなぐ「失われた環」, 増永, 「天気」, 57, 4, 204-207, 2010)
層積雲stratocumulus (Sc)の概略
大気境界層内に発生する下層雲の一種で、個々の積雲セルが水平に連なり全体として層状の雲システムを構成
- 雲を構成するセル1つ1つは1kmに満たない一方、その全体の水平スケールは1,000kmに及ぶことも珍しくない。
- 日傘効果による地表面冷却効果が強く、地球放射収支に重要な影響をもたらす
場所と発生・発達
亜熱帯海洋上の層積雲は安定成層下の大気境界層内に発達する
- なかでも亜熱帯海洋上の大陸西岸沖には広大な層積雲がほぼ恒常的に発生
- カリフォルニア沖、ペルー沖、ナミビア沖の層積雲はとりわけ有名
これらの領域では、寒流と沿岸湧昇の結果として年間を通じ海水温が低く、また亜熱帯高気圧に伴う下降域に位置するため大気下層に強い逆転層が発達する。
- 冷たい海水と安定な大気成層は、雲底高度*1と雲頂高度のいずれも低い(0.5-2km)層積雲の発達にとってすこぶる好条件を与える。
- 海洋上の層積雲の雲量と逆転層強度が強く相関していることは、全球観測データ解析から確認済み*2
層積雲は雲頂が低く、雲層内の気温が0°Cを大幅に下回ることはないので、雲粒は常に液相で存在する=層積雲の降水はもっぱら「暖かい雨」*3
- 層積雲がまとまった雨量をもたらすことは稀だが、ドリズル*4をしばしばもたらす。
- 発生初期段階における上昇気流内の雲粒は、水蒸気の凝結によって緩やかに粒径が増大
- 大粒子と小粒子が混在する結果として粒子間の併合・衝突効率が充分高まると、より急激な大粒子形成へ
- その際に形成される半径百ないし数百μm程度の水滴をドリズル(drizzle)と呼ぶ。
- ドリズルは、さらにmmサイズまで成長すると雨滴と呼ばれる。
雲凝結核としての機能を持つエアロゾルは、その種類に応じた様々な特性(組成や粒径分布)や多寡により雲の放射特性や寿命を大きく変質させる。=エアロゾル間接効果
- 大陸西岸沖は一般に大気が清涼でエアロゾル濃度が低いため、エアロゾル間接効果は小さい
- 東シナ海上の層積雲は大陸から噴出する大量のエアロゾルによって大きな変質を受けやすい(Nakajima et al, 2001)。
役割
エネルギー収支
層積雲は光学的に厚く水平的な広がりが大きい=太陽放射を反射し地表面を冷やす効果が顕著
- 層積雲の短波アルベドと海面アルベドをそれぞれおおむね40%と6%程度とし、仮に地球表面の4-5%相当の面積にわたり海洋上の層積雲が拡大した場合、簡単な地球放射収支バランスの式を用いると平均地表面温度は1ないし2度以上減少する計算になる
- 下層雲量が約4%増大すると二酸化炭素倍増に相当する温室効果を相殺する、としばしば表現される*5
一方、層積雲の長波影響=温室効果は、大気上端では短波アルベド効果に比べ圧倒的に弱い
- 一般に重要度が低いと考えられるが、必ずしも軽視できない
- なのに定量的評価が進んでおらず、理解に至っていない
モデルの困難さ
- 層積雲の厚さは通常数百mに過ぎないので、個々のセルの発生・発達を正確にモデリングするためにはLES(Large Eddy Simulation)のような数m〜数十m程度の高解像度モデルを用いるアプローチが一般的
- 計算機負荷の制約から比較的局所的な計算領域を設定せざるをえないLESを、層積雲全体と大規模環境場との相互作用を含めるスケールまで拡張することは難しい
- 全球気候モデルでは250km程度より小さいスケールの物理はパラメタリゼーションと呼ばれる経験的手法で表現
- 層積雲(下層雲)パラメタリゼーションは、気候モデルにおける主要な不確定性要因の1つ