エントロピーとは

さるお方から「エントロピーとは何ぞや」との問い合わせがあり、解説したところ、いたく気に入って頂けたようなので、若干の推敲を加えて掲載することにした。

エントロピーとは?」という問いの背後には、たいてい「エントロピー増大の法則」を理解したい、という思いがあると思う。しかし、「エントロピーとは何ぞや」という話と、「エントロピー増大の法則」は切り離して考えたほうがよいと思う。エントロピーが納得できても、増大則が納得できるかはまた別、ということなのだが、まぁ順番に書いてみる。

エントロピーとは「乱雑さの度合い」とよく言われるけど、これが混乱の元。言ってる意味は、わかった後でないとわからないので、これは置いとく。

分子運動から言ったほうが、敷居は高いが早道だと思うのでそうする。エントロピーと名のつくものは「熱力学的エントロピー」と「統計力学エントロピー」と「情報学的エントロピー」と3つあるが、そのうちの2つ目だ。

ものの「温度」は、構成している分子の個々の持っているエネルギー、元気の良さを、寄せ集めたもの‥‥「この物体の構成分子の元気の良さは、ざっくり全体的にはどんなもんですか」という量のことだ。

元気のいい分子は、他の物体との境界部で、その接している物体の構成粒子に元気よくぶつかり、エネルギーを分け与える(これが熱の伝導)。だから、「内部分子のエネルギーが平均的に大きい物体」に触ると、触った指には大きなエネルギーが伝わってくるので、より大きな刺激が得られる。これが「温度が高いもの」に触ったら「熱い」と感じる、ということだ。

さてその微視的な個々の分子のエネルギーが、天文学的個数集まって、その「平均値」が、巨視的な「温度」という量として観測される。
このとき、個々の分子運動エネルギーに対して、分子Aのエネルギーはいくら、Bのはいくら、などということは考えないで、
【集団として平均的にはこんなもん】
のエネルギー値に対して、温度が割り当てられている(この考え方が統計力学)。

だから、巨視的な「温度」をある値に決めたとしても、微視的な「分子のエネルギー状態」は、何通りも考えられる。平均値が同じであっても、構成する全ての分子のエネルギーの「組み合わせ」はたくさんあるということだ。

温度が高ければ、個々の分子に割り当てられるエネルギーのバリエーションも増えるから、その組み合わせの数も大きくなる。さいころの合計数がでかいほど、何通りも出目が考えられるのと同じだ。

また、エネルギーだけでなく、個々の分子の位置や、あるいはエネルギーが同じでも速度の向きも考えることにすれば、その一つの巨視的状態を実現できる微視的状態は、何通りも、いや何億通りも、いや何ほにゃらら(京とか垓とか杼とか穣とか溝とか澗とか正とか載とか極とか以下略)通りも考えることが出来る。
逆に言えば、微視的状態が違っているだろうに、平均値が同じなので、ふだんは「それいっしょやん」と巨視的に見なしているのだ、とも言える。

この、「ものの内部を細かく見たときの微視的状態の数」を、エントロピーと呼ぶわけだ。*1

ここまでくれば、なんとなく「乱雑さ」と言われるのもわからなくはない、のでは?

なおエントロピー増大の法則は、この話から直接的に導くことは難しい。っていうかどうやったらええのか知らん。

この統計力学エントロピーと、「巨視的な量は巨視的に扱おうや」という熱力学におけるエントロピーは、上のように、「温度」を通じてつながっている。同じ量でどちらにも使えることになっている。なので、ここから熱力学に切り替える。

熱力学のエントロピーは、温度とか体積とかと同列の、ただし人間の五感では認識できない、ものの「状態量」である。
まあ、「熱」だってそうだ。「熱」はエネルギーの移動量であって、感じることができない。
「熱い」のは「温度」だ。

と熱力学を持ち出したものの、やっぱり、熱力学でもエントロピー増大をちゃんと説明するには、ものすごく抽象的で数式的な話を積み上げることになるので、すっとばすことにする。結果だけいうと、要は、
【あらゆる状態変化を知恵を絞って考えても、原理的に、その変化におけるエントロピーの変化量を、マイナスにすることが出来ない】
というのが増大の法則。その証明の方法は、

条件を付けない、すごく一般的な「状態変化」における、エントロピー変化量を計算すると、ゼロ以上にしかならない

という論法になっている。

でもこれではたぶん納得いかないと思うので、まあ、「理由」とは言えないが、さっきの統計力学のほうで何とか「解説」することを試みる。

例えば、ガスはほっときゃ広がっていく。
空気中なら、周りの他の種類のガス分子とも混じっていく。
ということは、たとえ温度が変わらなかったとしても、位置情報に関する状態の数はどんどん増えていく。混じり方だってどんどん複雑になっていく。互いの成分の関係を考えれば、さらに状態数は増える。
状態数が増えるということは、エントロピーが増えるということだ。

別の例。
温度の違う物体を2つ接しさせていたら、温度が均一化する。片方の物体の温度は下がるのでエントロピーは下がるが、もう片方の物体の温度は上がるのでエントロピーが上がる。そしてここがミソなのだが、この2つの物体をまとめて「系(system)」と見たときには、全体のエントロピーが増大しているのである。
「片方にだけエネルギーを集めておく」という束縛条件があるぶんだけ、考えられる状態数が限定されてしまうので、熱伝導が始まる前のほうがエントロピーが低かったということになるわけだ。

前のガスの混合の例で言うと、混ざる前と混ざった後では、構成している微視的状態への拘束条件は、混ざる前のほうが、別々に寄せとかなあかんので、厳しい。混ざった後のほうが条件がなく、好き勝手にできるので、エントロピーが大きい。

‥‥以上。どうだろうか?少しはエントロピーとは何か、エントロピー増大とは何か、「わかったような」気がしただろうか?したら成功。しなかったら、ま、またの機会に、ということで。

*1:情報学のエントロピーも、この話の「感覚」を情報量に関しての量に「移植」したのだろうと推測する。具体的には知らんが、前にチラッと見たとき、定義式自体はは統計力学のそれと全く同じだった。