van de Hulst ”Light Scattering by Small Particles” §1.3

1.3 研究史概観

本書のテーマを適切に理解するに当たって、研究史を概観しておくことは、大きな助けとなるだろう。ここではもちろん手短に、且ついくつかのハイライトだけしか紹介できないけれど。

17世紀の偉大な科学者たちは、ほとんど皆、光の本性を研究テーマに選び、熟慮に熟慮を重ねてきた。Snellの法則、Newton環、Huygensの原理、Fermatの原理はこの時代に誕生した。この頃には、空気中における音と同じく、光はエーテル中の何かではないかと一般的に思われていたが、この考えではどうしても偏光現象を説明することができなかった。光の本性についての問題は解明されないまま、17世紀は終わりを告げた。18世紀も大した進展は無かった。

19世紀初頭に、YoungとFresnelによる決定的な進歩があった。Youngは回折 diffraction 現象を研究し、髪の毛の後方の影の空間内部にできる最大・最小パターンを示した。髪の毛の両サイドから来る波動の干渉によるものである。これらの波動の本性は、Young本人には今ひとつはっきりしないものであった。Fresnelはこれらの波動が障害物の両サイドの波面から来たものであることを示した。Fresnelのこの説明は、波面上の各点は二次波の中心と考えることができるという昔からのHuygensの原理に基づいたものであった。この原理とYoungの干渉の原理とを合わせると、その二次波の包絡線envelopeが新しい波面になるというHuygens則が自然な説明になる。元の波面の一部が障害物によってブロックされると、二次波群は完全に揃った状態ではなくなり、回折現象が起こる。多くの難問について理論と実験結果がぴったり一致したことにより、Fresnelの説明の正しさは疑いようのないものとなった。本書で議論する多くのプロブレムについても、この理論がベースとなる。

偏光 polarization についての決定的説明は、「光の媒質としてのエーテルは、固体と同じく、横波を示すはずだ」とのYoungの提案によりなされた。時を同じくしてMalusが反射で偏光することを発見し、Brewsterが偏光成分強度の入射角依存性を測定したことは、幸運な状況であった。そしてFresnelは、Youngの横波のアイデアを採り入れて、強度の法則を理論的に導くことに成功した。振動の接線方向の成分の振幅は連続でなければならない、というシンプルな境界条件に基づいていた。

Maxwellの光の電磁気学理論は、19世紀後半の輝かしい成果の一つである。この理論により、電磁気学現象と光学現象が結びついた。これに従った境界条件のモダンな表現法は、電場の接線方向の成分が連続でなければならない、となる。とはいうものの、このような改良が我々の問題にとって常に不可欠かというとそうでもない。偏光を含む多くの散乱問題を定式化するときには、電磁場のことばを使ったモダンな方法よりもFresnelの方法のほうが簡単である。

19世紀は、特にその後半は、偉大な数理物理学者の時代であった。Poison、Cauchy、Green、Kirchhoff、そして鑑であるStokesやRayleighなどなど、枚挙に暇が無い。「自然光と部分偏光の本質はたくさんの偏光波の重ね合わせである」とするStokesの議論(本書5.13節)を除いては、光学における基本的問題は何ら解決されなかった。彼らの探求は、単純な現象に対する物理的洞察を与えることよりもむしろ複雑な現象を数学的に定式化するための新しいスキルを求めるものだった。波動方程式を分解可能にするような座標系は見つけられなかった。Huygensの原理をFresnelがアレンジしたものは、Kirchhoffがその数学的基礎を作った。Bessel関数および関連する関数はパワフルなツールとなった。この時期の典型的プロブレムは、本書のメイントピックの一つである、均質な球による光の散乱である。これはより難しいプロブレムの一つであり、以前にも多くの特殊なケースについては解かれていたが、完全解を定式化したのはMieただ一人、1908年のことであった。

そしてこの時代は量子力学の勃興により終わりを告げる。この種の散乱問題を献身的に、深い洞察力を持って、19世紀の先人たちの示した数学的テクニックを駆使して研究したのは、おそらくDebyeが最後であろう。彼のすぐ後には、トップランクの数理物理学者のほとんどは、量子力学やその頃の流行の分野に研究時間の多くを注ぎ込むようになった。本書で議論する散乱問題は、数値計算の結果に興味のある応用科学者たちの研究テーマとなり、あるいは、博士論文を書く学生たちの研究テーマとなった(私もその一人だった)。この時期には、公式や数値計算結果はしだいに集積されていったが、重要なアイデアが提出されることはほとんど無かった。

この短くもはしょり過ぎ気味の研究史の最後のステージであるが、近年の回帰現象がむしろ面白い。失業問題(the New York Mathematical Tables Projectのスタートに役立った)からレーダーの発明、量子力学の発達など、非常に幅広い分野から、散乱問題への新たな興味が湧き出て来たのである。天文学や化学における新しい研究は、かつてないほどの膨大な計算を迫った。量子力学で何が必要だったかを知っておくのは大切である。飛来する電子と光波・音波のアナロジー量子力学初期の発展に大いに役立ったのだ。従って、原子による電子の散乱と固体粒子による光波・音波の散乱との間にいくつも共通点があることは明らかだった。1930年代末には量子力学は大きな進展を見せ、散乱断面積の正確な数値計算を必要とする気運が高まった。この目的を達成するために新しい手法が考案された。この手法は、部分的には30年前あるいはもっと以前に光学で作られた手法のバリエーションでもあり、また部分的には全く新しいものでもあった。このことは光学的散乱現象の新研究を刺激した。この位相をずらす方法とそのバリエーションは新しく、以後、光学的諸問題への応用もなされている。