van de Hulst "Light Scattering by Small Particles" §1.22

1.22 単一の散乱(一次散乱)
3つ目の制約条件は、多重散乱 multiple scattering の効果を無視するということである。現実の実験ではしばしば雲や溶液の中の多量の同種粒子を対象とする。M個の散乱粒子を含む希薄で連続的な雲について成り立つわかりやすい関係は、その雲全体からの散乱光の強度は粒子1個による散乱光のM倍になり、そして元のビームから削り取られたエネルギー(つまり減光)もまた粒子1個が削り取るエネルギーのM倍になる、というものである。粒子数に対するこの単純な比例関係は、各粒子がさらされている放射場が元の光線によるものである場合に限り成立する。

各粒子は他の粒子による散乱光にもさらされている。一方、元の光は粒子によって減衰させられている(減光)だろう。もしこれらの効果が強ければ、我々は多重散乱 multiple scattering の話をすることになり、単純な比例関係はもはや存在しない。空に浮かぶ白い雲がこの状況を良く表しているだろう。濃霧みたいな雲である。中の水滴は独立した散乱体と考えられるかもしれないが、それでもその雲による散乱光全体の強度は内部に含まれる水滴数に比例しない。全ての水滴が(減光する前の)めいっぱいの太陽光に照らされているわけではないからだ。その雲内部の水滴の中には、直接の太陽光を全く受け取らず、他の水滴からの散乱光にしか照らされていないようなものもあるかもしれない。雲から出てくる光のほとんどは2個以上の水滴に立て続けに散乱された後の光である。一次散乱だけで外に出てくる光は約10%と(とても厚い雲の場合には)見積もられている。

多重散乱は特に新たな物理的問題を含んでいるわけではない。というのも、独立性の仮定、即ち各粒子は自由空間に居り、遠くの光源からの光にさらされているという仮定は、この光源が太陽であるか他の水滴であるかに関係なく成り立つからである。それでもなお、その雲の内外における放射強度を知ろうというのは数学的に非常に難しいプロブレムである。このプロブレムは精力的に研究されており、様々に派生している。このプロブレムは普通、放射伝達 radiative transfer の問題と呼ばれる。よく知られた応用例は、恒星大気中の放射伝達と原子炉内での中性子の散乱である。これまでのところ、むしろ単純化された、一次散乱のパターンという形式を扱うもの(等方散乱 isotropic scattering、レイリー散乱)と、雲全体を扱うもの(平面境界を持つ無限あるいは有限の厚い板状のものや球体)とがある。さらに詳しくは文献を参照されたい。

多重散乱が無いことをテストしたければ、試料内の粒子濃度を倍にしてやればよい。このテストはシンプルだが決定版と言える。もし散乱光強度も倍になれば、一次散乱だけが重要であると結論付けられる。他の判定基準としては減光が挙げられる。試料中を通過する光線の強度は減光により元の強度のe^-τ倍になる。ここでτは試料の(この直線に沿った)光学的深さ optical depth である。τ < 0.1 ならば一次散乱が支配的である; 0.1 < τ < 0.3 の場合には二重散乱(二次散乱)についての補正が必要だろう。さらに光学的深さの値が大きければ、ややこしい多重散乱をまともに考えなくてはならなくなる。この困難は単一粒子の散乱特性を決定する妨げにはならないかもしれないが、それでも解釈はずっと不明瞭なものになる。試料の光学的深さが全ての方向に対して小さな値をとるわけではない場合には、常に注意が必要である。

この節を終えるに当たり、多数の粒子についての理論で起こりうる中での最もシンプルなケースしか本書では扱わないのだ、ということを付記しておこう。単一粒子の散乱理論を綿密に扱う余地が残っているわけだ。