van de Hulst "Light Scattering by Small Particles" §1.2〜1.21

1.2 本書のテーマとその制約
本書では、数ある散乱現象のうちのほんのいくつかだけを扱う。

まず手始めに、散乱光は入射光と同じ周波数(即ち同じ波長)を持つ、と我々は常に仮定することにしよう。*1ラマン効果the Raman effectや、一般的な全ての量子的遷移は、ここでは除外する。

1.21 独立した散乱

次に重要な制約条件は、独立した粒子を考えるということである。分かりやすく荒っぽく言えばこういうことだ:霧の中などで起こる、境界のはっきりしたバラバラの粒子による散乱は本書で扱うが、例えば高分子ポリマーなどの拡散した媒質中での散乱は扱わない。

もう少し精密に言うこともできる。光が完全に均質なhomogeneous媒質中を通過するなら、光は散乱されない。不均一性こそ散乱のもとなのである。実をいうと、あらゆる物質的媒質は、分子でできている限り、その個々の分子が散乱中心として振る舞うので、不均一性を持っているのだが、散乱が効率よく働くかどうかは構成分子の配列次第なのである。絶対零度の完全な結晶の内部では分子は非常に規則正しく配列しているので、各分子による散乱光波は互いに干渉し全く散乱光が無くなってしまい、単に伝播速度が変わるだけになってしまう。一方、気体あるいは流体の内部の場合、分子配列の統計的揺らぎは本物の散乱を引き起こし、時には感知され得るほどになる。

これらの例では、分子配列が規則的かどうかに関わらず、最終的に起こったことは全分子の共同的効果 cooperative effectである。従って、散乱理論というものは、互いに近接する複数の粒子による複数の散乱光波の間の位相の関係について詳細に調べなければならないのである。独立でない散乱dependent scatteringの問題は、粒子同士の共同関係の精密な記述にかなりの困難を伴う。そのような問題は本書では一切扱わない。*2

しかしながら、その不均質性は媒質中にぷかぷかと漂っている、あるいは埋め込まれた異物であることもよくある。分かりやすい例は、大気中の水滴・ダスト粒子や、水中あるいはオパールの中の泡である。こういった粒子がお互いに十分に離れていれば、ある粒子による散乱光を考える際に他の粒子による散乱光のことを考えなくてもよい。これを独立した散乱 independent scattering と呼ぼう。これが本書の唯一のテーマである。

同一の入射光を異なる粒子が同一方向に散乱した波は、やはり干渉する---ということは指摘しておいてよいだろう。波長が変わらないということは、散乱波は位相が一致し強めあうか、位相が合わず弱めあうか、またはそれらの中間の任意の状態か、のいずれかになる。散乱の独立性の仮定が意味するのは、これらの位相間には何らシステマティックな関係は無い、ということである。ある粒子がほんの少しだけ動いたら、あるいは散乱角scattering angleが少し変わったら、位相差は全く変わってしまうかもしれない。全てひっくるめた正味の結果は、位相に関係なく、起こりうる全ての場合について様々な粒子による散乱光の強度intensityを加えなければならない。従って、厳密な意味では正しくないけれども、異なる粒子による散乱はコヒーレントでないと考えられる。例外は散乱角がゼロの近傍である。この方向では、普通の意味での散乱は観測されない(4章参照)。【訳注:傍線部は要検討】

散乱の独立性が保証されるための粒子間距離とはどれくらいであろうか?手っ取り早く見積もると、相互の距離が半径の3倍であれば十分である。これは一般に成り立つわけではないかもしれないが、より精密な議論は本書の範囲を越える。ほとんどの現実的な場合には、粒子の間はもっとずっと広く空いている。直径1mmの水滴粒子から成る、光がたった10mしか届かないような非常に濃密な霧でさえ、1cm^3当たり水滴1粒程度しかない。これは粒子間距離は水滴の半径の20倍ぐらいである。同じことが多くのコロイド溶液についても言える。

*1:これは専門的にはコヒーレント散乱coherent scatteringとも呼ばれる。しかしこの用語はしばしば別の意味で用いられる:粒子集団は、個々の粒子のポジションのランダムだと見なせる程度にばらついている場合、その粒子集団は「コヒーレントでないincoherent」散乱をする、などと言われる(1.21節参照)。

*2:章末の参考文献を参照されたい。参考文献は今後も各章末につけてある。