(特にカードの)マジックにおけるエントロピー

今日もid:dr-kojiさんの日記からネタを拝借(id:dr-koji:20050609#p2)。特に今回のは実に興味深い考察だったので、科学者魂がむくむくと湧いてきたのだった。

セルフワーキングに限らず、例えばテイク・ワンものでは、引いてもらったカードは、普通、カットするなりシャッフルするなりして、『ごちゃごちゃに』『どこに行ったかわかんなく』するものである。しなければ、逆にツマンナイ(例えばFした瞬間に「ハートの8でしょ!」などと言ってみせるのは最悪である)。

ここでid:dr-kojiさんは、物理学で登場する『エントロピー』の概念を借用してみせる。しかし『エントロピー』というよりも『エントロピー増大の法則』のイメージに引きずられている印象を受けた。

なので、この小文では、より物理学的ないし情報学的な『エントロピー』に近いエントロピー概念を定義してみる。こんなかんじになるだろうか。

『マジカルエントロピー』とは、『起こっている(or実現している)状態』を構成する『内部の状態』の、場合の数である

普通のエントロピーはその状態数の対数なんだけど、ここでは話の都合上、場合の数そのものとしておく。
でその定義はどういうことなのかというと、『サイコロ2個振ったときの出目の和が7だった(=起こっている状態)とき、ありうる出目のパターンは**通り』というやつのことを言っている。
何通りと確定的に言わなかったのは、設定した状況によるからである。例えば、その2つのサイコロが、互いに区別の付かないものであったら、場合の数(すなわちエントロピー)は半分になる。また、上面の出目だけでなくその向きが関係するようなら(例えばテンヨーの『超能力ダイス』みたいな箱に入ってるとき)、それこそ状態数は鰻登りに増える。

カードに話を戻す。たとえば、スートごとにA〜Kなどきれいな順番に並べられたデックを1回だけカットするとしよう。カットする前は、その順番そのものが現象で、実現するための順序は1つしかないから、マジカルエントロピーは1である。仮にジョーカー2枚入れて計54枚だったら、カットされる場所は53カ所あるから(懐かしの『植木算』だ)、最初1だったマジカルエントロピーは、一気に53に増えるというわけだ。

『2回シャッフル』ならば、アンダーカットする場所が53通りあり、そのそれぞれの場合について次のアンダーカットの場合があるので、マジカルエントロピーは 1+2+3+‥‥+53 = 1431 になる‥‥ような気がする(汗

つまり、シャッフルなどの操作を行って、『どないなったんかようわからん状態』を作る、というのは、この場合の数(マジカルエントロピー)を能動的に増やすことで、観客の処理可能な情報量を超える大きさの『可能性』の数を作ってやる、という操作であると言うことができるだろう。

しかし問題は、観客が、例えばカットの仕組みを知っている場合である。この場合には、『内部でありうる状態の数』は、『どーせ***なんだから、いっしょやん』となってしまい、マジカルエントロピーは1のままになってしまうのだ。実際には、その操作において演者がカードに手を触れているか否か、といったことがらなどで、微小量の増減は起こり得るだろう。そしてその微小量が意外に大事なのだろう。つまり、同じマジカルエントロピーでも印象が異なるのだ。そこらへんが、サトルティでもあろうし、演者のニュアンスの付け方にもよるのだろう。1は何乗しても1だけど、1.1は累乗するとどんどんデカくなる。

そう考えると、コントロールがバレた日にゃえらいこっちゃ、というのも頷ける。なぜならそれを知っている観客にとっては、内部の状態は、『引いたカードは演者のコントロール下にある』というたった一つの状態しかないからである。物理学的な物言いをすれば、コントロールがバレたら、状態が『縮退して』しまうので、マジカルエントロピーが1になってしまうのだ。

似て非なる例を挙げると、観客が『どーせどこに行ったか把握してるんちゃうの?』というふうに、『知っている』のではなく『感じている』程度の場合である。この場合、観客内で、予想によって縮退しかかっている状態数を、よりわけのわからないシャッフルを繰り返すことなどで、増やすことができる。そして、観客の脳内で処理できる許容範囲を超えるマジカルエントロピーが作りだせたら、『いくらコントロールしてるかもしれんとは言え、えーっ、その状態からでも出せるの??』という嬉しい結末に到達することは可能であるわけだ。

マジカルエントロピーを増やすことが即ち不可能性を高める結果になる。ということは、さしずめマジシャンは、『マックスウェルの悪魔』のような存在ということか。

ふむふむ。この『マジカルエントロピー』、不可能性を測る1つの尺度としては、なかなかいいのでは?

‥‥なんかテンヨーとかの商品の名前みたいだけど(笑)