臨機応答・変問自在 ―森助教授VS理系大学生(森博嗣)

臨機応答・変問自在 ―森助教授VS理系大学生

book image

  • 著者:森博嗣
  • 新書: 240ページ
  • 出版社: 集英社 (2001/4/17)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 4087200884
  • ISBN-13: 978-4087200881
  • 発売日: 2001/4/17
  • おすすめ度:★★★☆☆


以前にも紹介したが、著者は元・某国立N大学の助教授だった人である。その、助教授としての担当授業において、著者は、毎回、評価のために学生に質問をさせていた。いま僕たちが言う「リアクションペーパー」である。で、翌週には必ずそれらを全て一枚に打ち直し、全てに簡潔な回答を付けたものを配布していたという。本書はその膨大な問答集の中から、講義内容と直接関係ないような、読み物として(より正確には「ネタとして」というべきかもしれない)面白いものを選りすぐったものである。

いやー、面白い。こういう「切り返し」は、気に入らない人は気に入らないだろうが、実に痛快である。学生からの質問……これがまた、「ホントに大学生かよwww」と突っ込みたくなるようなトホホな質問も多いのだが、そういう質問であったとしても、ある時は真正面から、ある時は斜め上から、豪速球のど直球であったり、大リーグボール1号だったり、消える魔球だったりが飛んで来る。いくつか例を挙げてみると…


新しい考えを思いつくにはどうしたらいいですか?
  • ★真剣になってひたすら考えること。必ず何か思いつくでしょう。思いつかないのは、考えていないから。これは、どうやったら50m先へ行けますか?という質問と同じです。

死んだらどうなるの?
  • ★どうもなりません。あとは死んだまま。石がどうなるか、土はどうなるか、宇宙はどうなるか、と同じ次元の問題です。

先生は学生に対してどのような点が不満ですか?
  • ★他人に対して不満を持ってもしかたがない。そのことで、自分が不利益を被らないのなら良い。不満は自分に対して持つように。

読書の秋ですが、先生が読んで面白かった本は何ですか?
  • ★「読書の秋ですが」という導入部はなかなか笑えます。面白い本は、人に教えないことにしています。人からすすめられるだけで、面白さの何割かが失われるから。

先生は常日頃から地球に優しくない運転をしていることで有名ですが、やはり地球はこのまま滅亡に向かっていくのだとお思いなのですか?
  • ★そんなことで有名ではありません(勝手に有名にしないように)。地球に優しい(という表現は大嫌いだが)かどうか、というと、森はスキーはしないし、冬季オリンピックにも反対。あれこそ、自然破壊だと思う。テレビも見ないし、ゴルフもしない。地球環境を本気で守りたいのなら、まず、手始めにプロ野球とか、サッカーを世界中でやめたらどうでしょうか?絶大なエネルギィの節約になり、地球にむちゃくちゃ優しいと思うけれど。言葉だけに酔っているのではないですか?

何故、先生は新聞やテレビを見ないのですか?どのように情報を得ているのですか?
  • ★テレビや新聞を見る時間が惜しいから。何故、君はテレビや新聞で情報を得ているの?

要するに、マトモには答えないのであるが、単にマトモに答えないのではなく、そこに知性、ユーモアの光がキラッと宿っているところが、たまらない。僕もそんな「ニヤリ」とさせることを言いたいものだ。

マトモに答えないのは、面白いやり取りを演出するのが主目的ではない。著者は、本当に重要な能力は、答えを考えることではなく、問いを立てることにあるという。だから、担当科目の評価は、この毎回の質問で行われ、テストやレポートはしなかった(「テストをして欲しい」という要望があった場合に限り、その学生だけのためのテストをしたらしい)そうである。従って、この毎回の質問への回答は、言ってみれば、返礼のようなものなのだろう。実際には、質問が書かれたところで用は済んでいるわけだ。だからこそ、回答はその中身が重要なのではなく、「お楽しみ」あるいは「お遊び」の要素が重要なのだろう。

ところで、問答集はその質問内容によって分けられ、「1 いろいろな質問」「2 建築に関する質問」「3 人生相談?」「4 大学についての質問」「5 科学一般についての質問」「6 コンクリートに関する質問」「7 森自身に対する質問」の各章にまとめられている。その中の、人生相談の章の冒頭の、「マクラ」にあたる文章で、いい文章があったので、少し長いが引用する。


 たとえば、会社の待遇に文句のある人がいたとしよう。どうして、その人は会社を辞めないのか、といえば、辞めて面倒なことになるよりは、今の待遇でも我慢している方が楽だ、と考えているわけで、つまり、自分が望んだ道を選択していることになる。ポルシェが欲しいけれどお金がない、と不満を言う人がいるが、現在の生活を犠牲にしてまでポルシェは欲しくない、というだけの話であって、やはり、自分の望みどおりになっている。このように、人間は必ず、自分が最適だと選んだ道を選ぶ(既に選んでいる)のだ。ときどき、今の損が将来の利になる、ということが読めないだけの差である。

僕も、本書の出自である「問いを立てられることが最も重要な能力」という意見には大賛成である。従って、成績は、講義の中で、その講義内容についてのどのような問いを立てたかによって評価すべきであるから、質問をさせて全てに回答する…というのは論理的帰結として至極まっとうなことはわかるし、そうすべきであろうし、そうしたいところなのであるが、うーんどうだろう、僕にはできないなぁ。そんな手間をかけていられないというのが正直なところである。それとて、著者に言わせれば「自分が望んでそうしている」ことになるのだろうが。