被曝線量の「限度」は信頼できるのか?(その1)

一般人が1年間に浴びていい放射線を超えない/超える量の観測値が云々、というニュースが出ています。その中で「でも◯◯は基準を超えていないから大丈夫」という専門家や政府etc.のコメントも見られます。これだけ不安なニュースが飛び交うと、「その基準の設定って、ホントに信頼できるの?」という疑問を抱く人々がいらっしゃるのではないかと予想します。そこで、その限度がどう設定されているかを紹介します。

少なくとも、限度を超えたらハイサヨウナラ、もう終わり、なんてことはあり得ないことがお分かり頂ければOKです。
※基準の中身の話をしないといけないので、どうしても少々突っ込んだ話になりますがご容赦下さい。

まず放射線防護の考え方です。組織(細胞)が破壊される影響は「この量までなら安全」な浴び方が分かっています(確定的影響)。これは細胞のDNAが修復不能なほどに破壊されることです。DNAが修復される場合、修復ミスが起こりえます(確率的影響)。これが子孫へ伝わってしまう影響(遺伝的影響)は、ヒトではまず無いことが分かってます。そこでもう1つのDNAの修復ミスである「発がん性」をどう抑えるか、が基本姿勢になります。

大量に浴びれば発がん性が上がることは、原爆被爆者の疫学的調査から確認されていますが、作業員や一般人にとってはそういう「大量被曝」ではなく「低線量被曝」のときにどうなのか、が問題になります。

低線量被曝の場合の発がん性との関係は、はっきりしたことはわかりません。はっきりさせようと思うと、数百万人規模の調査が必要になるそうで、現実的にはそんな調査をするのは無理だからです。

分からんことは推測するしかないので、国際放射線防護委員会(ICRP)は被曝線量と年齢と癌死年死亡率の関係を推定する仕組み(モデル)を作っています。これを使って、被曝しても大丈夫なラインを設定します。

まず、被曝と関係ない、ごく普通の製造業のような比較的安全な職業での、業務災害による年死亡率が0.01%です。これは平均値なので、その中でも比較的安全でない人々は、その10倍のリスクにさらされている=年死亡率0.1%かな、と仮定します。

先ほどのICRPの計算法で、18〜65歳にわたって年間◯◯mSvを浴び続けたら年がん死亡率がいくらになるか、が計算できます。年がん死亡率が0.1%を超えないのは、20mSv/年です。これがある程度の被曝が避けられない職業の人々の限度の目安です。

(実際には均等にずっと浴び続けるわけではないので、生涯線量を1Sv、5年平均で100mSv、どの1年間も50mSv未満、が職業上の被曝の限度になっています。)

一般の人は、例えば住環境が放射線源に汚染されていたりなどすると、可能性としては生まれてから死ぬまで被曝し続けることがあり得ます。そこで、0歳から一生涯に渡って浴び続ける場合の年がん死亡率も、ICRPのモデルで計算します。

一般人にとって「容認可能」なのは、職業人の1/10=年がん死亡率0.01%かな、と仮定します。すると、生まれてから死ぬまで浴び続ける場合の年がん死亡率がどの年齢でも0.01%を超えないのは1mSv/年と計算されます。

1mSv/年のペースで休む間もなく一生浴び続けるときの、(年齢ごとではない)生涯がん死亡率は0.4%になります。米国では放射線と関係ない)発がん性化学物質への曝露の生涯がん死亡率が0.4%を超える物質は規制の対象です。化学物質は物質ごとの規制ですが放射線は総計なので、放射線のほうがキツい規制と言えそうです。

また自然界に存在する放射線による被曝の平均も年間約1mSvです(国連科学委員会(UNSCEAR, 2000)によれば世界平均で年間2.4mSvとも‥‥WHO資料より)

職業被曝の限度の目安=20mSv/年は、白血球減少を引き起こす線量の1/25であるため、最も鋭敏な検査である血液検査でもよくわからない程度。このことからも、一般人の限度がいかに安全なレベルに設定されているかがわかるでしょう。

(以上の情報は、放射線取扱者教育研究会編著「図解 放射性同位元素等取扱者必携」(2007)、飯田博美編「放射線概論(平成17年度改正法令対応改訂版)」(2006)からまとめました。)