知的複眼思考法(苅谷剛彦)

知的複眼思考法 誰でも持っている創造力のスイッチ
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  • 著者: 苅谷剛彦
  • 文庫: 384ページ
  • 出版社: 講談社 (講談社プラスアルファ文庫)
  • ISBN-10: 4062566109
  • ISBN-13: 978-4062566100
  • 発売日: 2002/5/20(初版は1996/09)


本書は「ステレオタイプからの脱却」、今風に言えば「思考停止」に陥ることなく、あるいはそのようにミスリードする言説にひっかかることなく、思考を続けて行けるような、多様な「切り口」、着眼点を、どのように(意識的に)作り出していくか、というHow-to本である。ある意味では、発想法のHow-to本と言えるかもしれない。
著者は東大の教育社会学の先生で、ゼミ生や受講生達にそのような多様・多角的な着眼点を作り出す力が足りないことを痛感し、これを何とかしようとあれこれ工夫を重ねて訓練してきたとのことで、そのメソッドをまとめたのが本書だそうだ。
たくさんの例が挙げられていて、確かに多様な切り口、多様な着眼点が提示されている。「なるほどなー、この表を見て、そういうことを考えるのかー」と感心させられることは多かった。その点ではオススメできる。
しかしそれにしても文章がすっきりしない。例の「人文社会系の文章」である。同じところをぐるぐる回っているようなもどかしい文章。正直、イライラする(笑)苦労して読むこと自体が、頭のトレーニングになることは間違いないので、思考力を鍛えるという目的から見れば、読む価値は十分にある‥‥もちろん著者の思惑とは違うが。
それはさておき、その文章を我慢して読むとどうなのかと言うと‥‥先に感心したと言った「なかなか思いつかないような発想」をどのように思いつくのか、その過程を、苦心の表現を重ねて、なんとか伝えようとしている‥‥のはわかるのだが、残念ながら、How-toとして見た場合には、「それはデキる人だからだよね」の域を出ないような印象を受けた。むしろHow-toであること(なんでそんなこと思いつくのかという方法論)にこだわらず、「こんな見方もあるよ」をたくさん紹介することだけに注力すれば、もっとすっきりした文章になるのにな、と思った。そういう例をたくさん見ることは、「幅広いものの見方をした時の感覚」を疑似体験することだし、その経験の方が、中途半端に方法論を真似事するよりも、役に立つような気がした。
最後に一言。本書で繰り返し主張される「ステレオタイプからの脱却」というテーマ自体が、ステレオタイプであろう。それも、かなり使い古された部類のステレオタイプ。でも、考えて欲しい。ステレオタイプ(的な思考)がこれほどまでに人々の間に根深く・広く存在するということは、それが成立するのには必然性があることを示唆している。ということは、ステレオタイプ(的な思考)にはそれなりの理由、存在価値があるということだ。それは何だろうか?
俺は「時間と労力の節約」だろうと思う。知識も同様。日々を暮らして行く上で、省略可能な思考は少なくない。しかも思考は脳の労働なので、労働すると疲れるのである。ステレオタイプな知識で省略できるなら、省略した思考の時間とその分の労力つまり「脳のリソース」を、他の「もっとちゃんと考えるべきこと」に割り当てることができる。ここが重要なのである。考えることに価値を見出し実際に考え続ける意思があれば、ステレオタイプ的思考をしがちかどうかに関係なく、結局は(別のことを)考えることになるのである。ステレオタイプ的思考の本当の問題点は、それによって思考を省略することそのものではなくて、省略したリソースを他に向けない「意思」の問題なのではないか?と思うのである。