イワシはどこへ消えたのか―魚の危機とレジーム・シフト(本田良一)


イワシはどこへ消えたのか―魚の危機とレジーム・シフト
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  • 本田良一
  • 新書: 246ページ
  • 出版社: 中央公論新社 (2009/03)
  • ISBN-10: 4121019911
  • ISBN-13: 978-4121019912
  • 発売日: 2009/03
  • おすすめ度: ★★★★☆


個人的にはイワシが消えたと言われてもピンとこない。これは流通がよくなっているせいだろうと推測する。それはともかく、漁獲量としては激減しているのだそうだ。スケソウダラも同様。それは人間による乱獲のせいだ、保護しなくてはならない、と考えるのが世のありがちパターンだが、それは主因ではない、というのが本書の主張の1つである。

近年、地球気候に対する人間活動の影響がやたらに強調されるが、本来、大気・地表・海洋・生物圏が互いに連関しているものだ。1980年代に入り、様々なデータが時間的に蓄積されてきて、そこに「10〜数十年程度の周期でガラッと気候の状態が変わる」のが見えてきた。大気と海洋にそれが顕著に見え、これをレジーム・シフトと呼ぶ。このレジーム・シフトによって、漁場がイワシなどの成長・繁殖にとって不適切なものとなったのが主因で、イワシを含む「お魚の世界」のバランスが変わった=魚種交代が起こったのだ、というのである。言われてみれば、生物圏の変動を人間活動のみに押し込めようとすること(この場合は乱獲のせいにすること)に無理があるのは当たり前と言えば当たり前であるので、結論としては驚くべきものではない。

しかし主張はもう1つある。乱獲の抑止策の問題点である。200カイリ制と共に導入された漁獲管理は、魚種ごとに「TAC(Total Allowable Catch; 漁獲可能量)」が定められているが、これがとんでもない代物である!というのが本書の主張。その目的からしても、一見すると科学的に定められるべき量であるように見えるのだが、実はそうなっていない。利害関係者の思惑のぶつかり合いの産物であり、生物学的に推定されるABC(Allowable Biological Catch; 生物学的許容漁獲量)を上回る値がTACとして設定されていたり、そもそもTAC法に罰則規定が殆どなく実効性がなかったり。他にも、これらが根拠としている生態学的な理論にレジーム・シフトの観点が無いのは当時はレジーム・シフトは知られていなかったのだから当然で、更新されるべきだなとは僕も思う。

このような漁獲制限についての非合理性は、全否定したいのはやまやまだが、ことはそう単純ではない。現在、僕は科学コミュニケーションについて勉強中であるが、科学コミュニケーションが必要な「場」として取り上げられる「トランス・サイエンス」なテーマがまさにこれである。科学と社会の境界線上にある話題であり、こういう話題においては、科学的合理性(科学的納得感)と社会的合理性(社会的納得感)が一致しないのである。この場合、一言で言ってしまえば、科学として筋を通すと食って行けない人がいるのである。

新聞記者らしく、地道なインタビュー取材を重ね、データとにらめっこし、非常に丁寧にまとめている点で好感が持てる。しかし残念ながら、肝心の「気候変動の科学」の点に関して詰めが甘い印象がぬぐえない。これまた科学素養の無い(社会系の)新聞記者らしさと言ってしまえばそれまでか。また同じくこの弱点のために、特に後半で論のバランスが悪く我田引水的な印象‥‥「結局言いたいのは政治批判かよ」‥‥を受けるのかもしれない(最終章は殆ど読む価値は無い)。しかし上述したように、本書を「トランス・サイエンスの実例」と見れば、(著者が狙っていたであろうこととは違う文脈で)非常に興味深く読める。