人間圏とは何か?, 松井, JGL, Vol. 4, No. 3, 2008

業界の超有名人、松井孝典氏による、地球惑星科学と人間論・文明論を結ぶ試論である。キーワードは、「自分が定義した」と主張する、『人間圏』という言葉だ。
一読して、「この人、こんなんだっけ?」という印象。「偉くなってしまった人」特有の、独りよがりで上から目線の文章なので、とても重要なことを述べているのに、このメッセージは誰にも届くまい。もったいないので、以下に、重要な点を、書かれている順番を入れ替えて理解しやすくなるようにして、要約を試みる。

地球史=分化の歴史=「汚染」の歴史

  1. 45億年くらい前の地球誕生の頃は、「マグマの海の時代」だった
    • その後、新しい構成要素の分化のたびに、旧来の環境が「汚染」されてきた
  2. その後、原始大気から海が分化し、「水惑星の時代」が始まった
  3. 40億年くらい前に大陸が分化し「海と陸の惑星の時代」が始まった
    • 海の塩分の蓄積や水素イオン濃度の変化(これも環境の「汚染」)
  4. 20億年くらい前に生物圏が分化し「生命の惑星の時代」が始まった
    • 地表付近の酸素分子の蓄積をもたらした(酸素による環境「汚染」)
  5. 現代とは「人間圏」が分化し「文明の惑星の時代」が始まっている

ここで言う「現代」の「人間圏の成立」の過程

  1. 狩猟採集
    • 生物圏に閉じた生き方
    • 人類に固有な生き方ではなく、全ての動物がやっている
    • 生物圏内のものの流れ=食物連鎖に連なる生き方
  2. 農耕牧畜
    • 新たに人間圏という構成要素を作って生きる生き方
    • 地球システムの「もの」やエネルギーの流れを利用する生き方
      • 物質とエネルギーの流れを人間圏にバイパスさせる形=フロー依存型人間圏
    • 約1万年前の気候変動に伴い、現生人類は農耕牧畜という生き方を始めた
      • 著者によれば、「おばあさんの誕生」が、(他の種族には成し得なかった)人口増加をもたらし、出アフリカを促し、農耕牧畜へのスイッチをもたらしたらしい。
  3. 産業革命以後
    • 人間圏内部に駆動力を持つようになった=ストック依存型人間圏
    • これにより、欲望を解放しても生きられるようになり、欲望の拡大とともに、自在に地球システムの「もの」とエネルギーの流れを変え、人間圏の急速な拡大を実現した

地球システムにおける物質循環の高速化

  • 現在は、人間圏の維持のために、フロー依存型人間圏の時・あるいはそれ以前(=人間圏誕生以前)の地球システムの物質循環に比べ、約10万倍の物質循環を引き起こしている
    • 現在の人間圏を100年維持するために、それ以前のシステムだと1000万年分に相当する物質循環を必要とする
  • 人間圏のもつ、特に大きな問題の一つ
  • ストック依存型人間圏であるが故に引き起こされた
  • このような人間圏の誕生と「限りない右肩上がり拡大信仰」は、現生人類の持つ特異性に基づいているため、それに反するシステムの構築(が必要にもかかわらず)は不可能に近い。

著者の主張

  • こうした議論を展開するために必要な人間論すら存在しない
    • 現在の生物学的人間論は、生物圏の中の種のひとつとして生きていた時代の人類を論じるための人間論
    • 哲学的人間論は、我という認識主体の認識を論じる人間論
    • これらは地球システムと調和的な人間圏の構築という目標には程遠い
  • いま必要なのは、地球システムや人間圏という概念に基づく、137億年/光年という時空スケールで文明を問う人間論である
  • 最後に原文を引用:


しかし、現在の地球環境問題に関する議論の現状は、地にはいつくばって、人間圏の中でしか物事を考えられない、工学、農学、経済学などの分野の研究者が中心である。地球科学や哲学といった分野は、地球環境科学から排除されたような構図になっている。地球科学のコミュニティはもっと積極的にこの問題について発言し、そのためには地学教育こそ地球環境科学教育の中心であることを社会に主張すべきなのである。

以下はオレのコメント

温暖化をはじめとする環境問題は、もう既にカネと政治が目的になっている。実際に「環境問題のために」ものごとを動かす中心に近いほど、またそのような権力が大きいほど、環境に関する研究を必要としていない。それについて警鐘を鳴らしましょう、という意味では、人類の進化を地球という惑星の進化の一部に組み込む考え方、あるいはもっとストレートに言えば「地球という惑星」を率直に眺める視点が必要であるのは自明だろう。この「人間圏」というものの見方は、「使える」と思われる。これしかない、とは思わないが。