科学者の目(かこさとし)

科学者の目 (フォア文庫 C 12)

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  • 著者:かこさとし加古里子
  • 新書: 178ページ
  • 出版社: 童心社 (1979/10)
  • ISBN-10: 4494026360
  • ISBN-13: 978-4494026364
  • 発売日: 1979/10
  • おすすめ度: ★★★★★


この本があったからこそ、いま僕は科学者をやっている。

一言で言うと、子供向けの偉人伝である。しかも、科学者限定の。子供向けではあるが、朝日新聞日曜版の連載なので、それなりにしっかり書かれているし、単なる紹介だけではなくてかこさとし氏のメッセージが込められている。

登場する科学者を挙げてみよう‥‥パスツール(ワクチンの発見)コペルニクス(地動説の発見)ナウマン(日本の割れ目「フォッサ・マグナ」の発見)、マイケルソン(光速を測定)、メンデレエフ(元素のカレンダー「周期表」の発見)ガウスザ・キング・オブ・科学)、メンデル(遺伝の法則の発見)アボガドロ(「分子」の提唱者)、ウェゲナー大陸移動説の提唱者)蔡倫(紙の発明というか実用化)ハーシェル兄妹天王星の発見/銀河の形の発見)レオナルド・ダ・ヴィンチ、ノーベル、エジソンアインシュタイン(この人らは説明不要でしょ)、など。

印象的なのは、タイトルにあるように、彼/彼女らの「目」をキーワードに据えていること。真実を見抜く目、ひらめきに輝く目、苦難に満ちた人生を耐え抜く目。偉大な科学者パスツールの葬儀に参列し、人々に感謝されながら送られる姿を見つめた少年の目の奥には、こんなに科学・科学者は素晴らしいものなのだ、自分もこんな風になりたい、という夢がきらめいていた。ノーベル賞を始め数えられないほどの賞と名誉に輝いたアメリカの大科学者ラングミュアの少年時代のこの夢はかなえられ、パスツールと同じく人々に哀惜の念をもって送られた。そんな輝きに満ちた目を持った人がいる一方、若い頃に父親の反対を押し切って化学者となり、母・妹の献身的な支えに助けられながら苦難の人生の中で分子の「拡散」現象に偉大な足跡を残したグレアムは、死ぬまで父親と和解できないままだった。グレアムの目が家族の話をするときはいつも憂いに沈んでいたという。

この本は僕の小学校の図書室の片隅にあった数巻シリーズの1つだった。今は装丁も、おそらく出版社も異なる。同じシリーズの別の1冊(たぶん「宇宙ふしぎふしぎ物語」)は、小4から毎年夏休みに借りて何度も読んだ天文の本だった。小5の時に、その隣にあった本書を読んでみた。小6の夏も借りた。何度も何度も読んだ。「貸出カード」に並ぶ僕の名前(この2冊は僕以外に借りる人はいなかったのだ)を何となく誇らしく思ったのをよく覚えている。

科学コミュニケーション論の授業を担当していて、どういう話をしようかと思案しているうち、本書のことを思い出し、なんとか取り寄せて購入してみたのだが、そのまま本棚に埋もれていた。

僕は、社会への科学普及を進めよう、目先の生活の役に立つだけでない科学の楽しさや奥深さに触れる喜びを伝えたい、知の営みそのものの楽しさを共有したい、そんな思いでずっと活動してきた。しかし、東日本大震災に伴う福島第一原発事故に対する社会の反応、人々の反応を目の当たりにし、僕なりに科学情報の発信を行う中で、いかに科学という「知」が無力であるか、いかに人々が本心では科学を必要としていないかを知った、いや実感してしまった。僕は、科学という営みの存在意義、科学者としての自分自身の存在意義を、完全に見失った。

そんな文字通り茫然自失の中で、本書を手に取った。読んでいるうち、何だか分からないが、あの日の自分が本書を心躍らせて何度も読んだあの高揚感、感動がよみがえってきた。理由はないけれど、たぶん、やっぱり科学っていいもののはずだよな、と少し思えるようになった。