科学コミュニケーション論(藤垣裕子・廣野喜幸(編))

科学コミュニケーション論
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  • 藤垣裕子・廣野喜幸(編)
  • 単行本: 284ページ
  • 出版社: 東京大学出版会 (2008/10)
  • ISBN-10: 4130032070
  • ISBN-13: 978-4130032070
  • 発売日: 2008/10
  • 商品の寸法: 21 x 15 x 0.8 cm
  • おすすめ度:★★★★★(ただし研究者のみ)


科学コミュニケーションに関する書籍は実は少なくはない。が、多くが実践例から得られた知見を述べたHow-To的な書籍である。これはおそらく、それらの研究グループは研究費を取って「プロジェクト」的に研究を進めていて、その「研究報告書」が書籍として出版されたからだと思われる。どうしても「○○から頂いたお金で、これこれの取り組みを行いました」という内容になってしまうのである。ある意味では、科学コミュニケーションはかなり「実践的」な学問ジャンルであるから、「実践」をベースにした「現場主義」になるのは当然と言えば当然である。「事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだ」である。

「現場主義」的に、とりあえずやってから、やってみながら考える、というのも悪くないし、必要なのだろうけど、本当に根っからの「試行錯誤」では、いくらやっても不安が伴う。その不安は、「自分のやりかたがいいのかどうか不明」というよりも「今やってることはどう位置づけられるのだろう?」というようなものである。迷路で道に迷っている時に、「上から見たい」ような感覚と言えばいいだろうか?‥‥理論的なバックボーンが欲しいのである。上から見たからといってすぐに出口への正しい道のりがわかるわけではないだろうし、一見して「見えた」と思える道のりは「ブービートラップ」かもしれない。しかし「自分がどこにいるか」がわかるだけでも安心する。その意味で、本書を読むと、とても「安心」できる。

本書は科学コミュニケーション論の「学術的動向」を整理し、理論的なバックボーンを構築しようとする書籍である。こういう本が出てくれると、参考文献として引用しやすいので非常に助かる(笑)。特に論文誌Public Understanding of Scienceに掲載された主要な論文が要約・整理されているのが大変ありがたい。本書の内容をしっかり把握することを契機にPUS誌を購読し、国際的学界に参戦することも可能であろう。

しかし、どうも編者(特に藤垣氏)の学術的性向に偏って編纂されているように感じた。でもそれは俺が偏向している(たぶん偏っていると思う)からかもしれない。あるいは元ネタのPUS誌が偏っているのかもしれない。それは置いといても、随所に論理の飛躍というか、議論のすり替えを感じた。具体的には「Aのような論題を扱う時には、科学者だけでは答えが出せない。このような場合には‥‥」という話だったはずなのに、気がつくと「【常に】科学者だけで議論してはいけない」という論調になっていることが非常に多い。「欠如モデル」への批判からこの分野の研究が進んだ事実は否定できないが、しかし「文脈モデル」「lay-expertiseモデル(素人の専門性モデル)」「市民参加モデル」が万能ではない(実際に藤垣氏本人が「どちらの構図が正しいかの決裁ではなく、‥‥」と述べている文章もp.117に収録されている!)ことは、それこそ「現場」をやってれば明らかである。例えば、「何かを教える場」の設定を「教壇に先生+学ぶ人々の客席」の「教室スタイル」でトップダウンにやるのではなく、ゼミ形式でディスカッションをメインとすべきだ、なんて論調が、学校教育はもちろん、企業の新人研修・人材育成に関する分野でも喧伝されている。やってみればわかるが、参加者の知識が少ないと議論が成立しないのである。結局、ディスカッションの準備の「基礎知識の説明」だけで時間が徒に過ぎて行く。「座学で講義」形式の効果を甘く見てはいけない。

上記の意見はもちろん俺個人の経験に基づいていて、何の検証もしていない単なる「個人的意見」である。だからその当否は、本書の価値には関係ない。科学コミュニケーションを研究対象とする全ての人にとって必読の書と言えよう。読みこなすのは結構大変だが。